男性高齢者の孤立を深めるジェンダー規範:地域包括支援センターが拓く多角的なつながり支援
高齢者の孤立は、現代社会が直面する重要な課題の一つです。その中でも、男性高齢者の孤立は、ジェンダー規範の影響を強く受けている場合があります。地域包括支援センターの職員の皆様には、このジェンダー視点を取り入れることで、より深く高齢者の実情を理解し、効果的な支援を展開していくことが期待されています。本稿では、男性高齢者の孤立とジェンダー規範の関連性を掘り下げ、多角的なつながり支援のあり方について考察します。
男性高齢者の孤立とジェンダー規範の葛藤
伝統的に「男性は強くあるべき」「弱みを見せてはならない」「家庭のことは女性が担う」といったジェンダー規範が、多くの男性の行動や自己認識に影響を与えてきました。高齢期を迎え、特に定年退職を迎えた男性は、こうした規範との間で葛藤を経験し、それが孤立を深める要因となることがあります。
- 社会的役割の喪失とアイデンティティの揺らぎ: 長年、仕事や社会的な役割を通じて自己を確立してきた男性にとって、定年退職は大きな転機となります。それまで仕事中心であった生活から、地域や家庭における新たな役割を見出すことが難しい場合、「自分は何者なのか」というアイデンティティの揺らぎに直面することがあります。地域の活動や人間関係に積極的に関わることへの抵抗感は、男性としての「仕事人間」という規範に縛られているケースも少なくありません。
- 感情表出の抑制と相談行動への抵抗: 「男は泣くな」「弱音を吐くな」といった規範は、自身の感情や困りごとを他者に打ち明けることを難しくします。健康上の不安や経済的な問題、配偶者との関係の変化など、支援を必要とする状況に陥っても、専門機関や周囲に相談することをためらう傾向が見られます。これが結果的に、問題の長期化や孤立の深刻化を招くことがあります。
- 家庭内における役割の変化への戸惑い: 退職後、これまで家事や介護にあまり関わってこなかった男性が、家庭内での役割の変化に戸惑いを感じるケースがあります。地域によっては、依然として男性の家事・育児参加への偏見が残ることもあり、自身の役割を家庭や地域で見出しにくい状況が孤立につながる可能性もあります。また、配偶者に先立たれた場合に、生活能力の欠如から孤立しやすいという側面も指摘されています。
ジェンダー視点を取り入れた支援の必要性
男性高齢者が抱えるこのような生きづらさは、従来の一般的な高齢者支援だけでは見過ごされてしまう可能性があります。ジェンダー視点を取り入れることで、私たちは彼らの背景にある規範や価値観を理解し、その上で個々のニーズに応じた、より丁寧で個別性の高い支援を構築することができます。
この視点は、男性が「男らしさ」に縛られず、多様な価値観の中で自分らしく生き、多様な形で他者とつながることを支援するために不可欠です。それは、単に問題解決だけでなく、エンパワメントにもつながるアプローチと言えるでしょう。
地域包括支援センターに求められる具体的なアプローチ
地域包括支援センターの専門職は、男性高齢者の孤立防止と多様なつながりの創出に向けて、以下のような多角的なアプローチを実践することが求められます。
1. 声かけ・相談支援の工夫
男性高齢者が自ら相談の窓口を訪れることは少ない傾向にあります。そのため、支援側からの積極的かつ配慮あるアプローチが重要です。
- 敷居の低い相談機会の創出: 健康診断や特定健診、地域のイベントなど、比較的気軽に立ち寄れる場で「なんでも相談コーナー」を設けるなど、相談のハードルを下げる工夫が有効です。健康問題や趣味の話から入り、徐々に本質的な困りごとへと繋げていく関わり方が考えられます。
- 男性職員の活用とピアサポートの促進: 男性職員が相談を担当することで、同性ならではの共感が生まれやすくなる場合があります。また、過去に困難を乗り越えた男性高齢者によるピアサポートグループの立ち上げも有効です。同じ立場の仲間との交流を通じて、自身の感情を語りやすくなる環境を整備します。
- 既存の活動への関わり: 地域での見守り活動やボランティア活動に参加してもらい、その中で自然と関係性を築き、必要に応じて支援に繋げることも有効な手段です。
2. 居場所づくり・活動支援
男性高齢者の特性やニーズに合わせた、多様な居場所や活動を創出することが重要です。
- 男性向けプログラムの企画: 従来の地域活動に抵抗を感じる男性のために、DIY教室、囲碁・将棋サロン、料理教室(男の料理教室など)、体力づくり、地域貢献活動(公園清掃、防犯パトロールなど)といった、男性が参加しやすいテーマでのプログラムを企画します。共同作業を通じて、自然な形で横のつながりを育むことが期待できます。
- オンライン交流の活用: デジタルデバイドの解消にも取り組みつつ、オンラインでの交流会や学習機会を提供することも有効です。自宅にいながら参加できる気軽さが、地域活動への参加に抵抗がある男性にとって、新たなつながりのきっかけとなることがあります。
- 多世代交流の促進: 子どもや若者との交流機会を設けることで、これまで家庭や地域で担ってきた父親や祖父といった役割を再認識し、新たな生きがいを見出すことにつながる場合があります。
3. 支援者自身の意識改革
地域包括支援センターの職員自身がジェンダー規範への理解を深め、自身の無意識のバイアスに気づくことが、質の高い支援に繋がります。
- ジェンダー研修の実施: 専門職向けに、ジェンダーの概念、高齢者のジェンダー規範、無意識のバイアス(アンコンシャス・バイアス)に関する研修を定期的に実施します。
- 支援計画へのジェンダー視点の組み込み: 個別支援計画を策定する際に、その方の性別やこれまでの人生経験におけるジェンダー規範が、現在の課題やニーズにどのように影響しているかを分析し、支援目標や具体的な介入策に反映させる視点を持つことが重要です。
結び
男性高齢者の孤立問題は、単に社会参加の機会が少ないというだけでなく、長年にわたるジェンダー規範が深く関与している複雑な課題です。地域包括支援センターの専門職の皆様が、このジェンダー視点を支援の中心に据えることで、男性高齢者一人ひとりが「男らしさ」に縛られることなく、自分らしい多様なつながりを築き、充実した高齢期を送るためのサポートが可能になります。
私たち支援者は、既存の支援の枠にとらわれず、常に多角的で柔軟なアプローチを模索し、男性高齢者のQOL向上と、誰もが孤立することなく安心して暮らせる地域共生社会の実現に向けて、貢献していくことが求められています。